こんにちは。相続専門の公認会計士・税理士の石倉英樹です。
さて、第2回目のコラムでは、相続の現場から見えてくる「超高齢化に伴う諸問題」についてお話ししたいと思います。今回のコラムのキーワードは『認知症』。ぜひ気軽にお読みください。
男女ともに平均寿命が 80 歳を超え、日本は超高齢化社会と言われています。相続の現場においても、ご相談者の方の年齢が年々上がっているような印象を受けます。その中で特に感じるのは「相続対策はある程度の時間が必要」ということ、また「お元気なうちに取り掛からないと次第に億劫になっていく」ということ。つまり、相続対策をするのであれば「早めの対策が望ましい」ということです。
さて、平均寿命とともに今注目されているものとして『健康寿命』があります。健康寿命とは「健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間」のこと。今テレビや新聞などでは、この健康寿命を延ばすにはどうしたら良いか?を盛んに取り上げています。
厚生労働省が公表した「平成 25 年簡易生命表」によると、男性の平均寿命が 80.21 歳、女性は 86.61 歳。一方、健康寿命は男性が 71.19 歳、女性は 74.21 歳です。平均寿命、健康寿命ともに女性の方が長いですが、注目して頂きたいのは平均寿命と健康寿命の「差の期間」。実は、男性の場合は約 9 年、女性の場合は約 12 年、男女平均すると約 10 年間、平均寿命と健康寿命の間に差があることが分かります。そして、この約 10 年間の間に、ひざが痛い、腰が痛い、もの忘れが増えてきたなどの様々な症状が起き、それに呼応するように様々な社会問題も起きています。
警察庁の発表によると、振り込み詐欺を含む特殊詐欺の被害者の年齢は、70 歳以上が 5 割以上、60 歳以上では約 8 割を占め、明らかに高齢者がターゲットとなっています。また、高齢化社会になるにつれ介護費や医療費の負担が大きくなり、社会保障制度をどのように維持していくかは日本にとって大きな課題です。さらに、高齢になるにつれ「認知症」を発症するリスクが高まっていくという問題も挙げられます。厚生労働省が 2015 年 1 月に発表したデータによると、国内の認知症患者数は 2012 年時点で約 462 万人、つまり 65 歳以上の高齢者の「約 7 人に 1 人」は認知症と推計されています。さらに、2025 年には、65 歳以上の高齢者の「約 5 人に 1 人」の割合に達すると見込まれているほどです。
日々、相続のご相談をお受けしていると、70 代~80 代の親御さん世代は認知症に対して「漠然とした不安」を持たれているように感じます。「もし、自分が認知症になったら?」また「もし、自分の配偶者が認知症になったら?」。いったい誰に相談したらいいんだろう?身の回りのことは、誰にお願いしたらいいんだろう?日常のお金の管理は?などの不安がつきまといます。
一方、40 代~50 代の子供世代の悩みは意外とリアルです。「もし自分の親が認知症になり介護施設に入居することになった場合、介護費や医療費などのお金の工面はどうしたらいいだろう?」「自分にも家族がいるので生活に余裕はないし、親がもらっている年金だけだとおそらく足りない」という、現実的なお金の悩みに直面するケースも多いようです。
先日もこういったご相談をお受けしました。「親の認知症の症状が進行したため、介護施設に入居することになったんですが、介護費用を工面するために銀行に言ったら、なんと親名義の定期預金は解約できないと断られてしまいました…。いくら子供だと主張しても、預金口座の名義人が認知症になった場合、原則として代理人による預金の解約はできなくなると言われてしまいました。」とのこと。これは、決して銀行が嫌がらせをしている訳ではなく、預金口座の名義人が認知症になると、銀行側にも解約に応じることが出来ない理由があるのです。
相続が発生すると、亡くなった方の預金口座が凍結される!というのは有名な話。ご存知の方も多いと思います。しかし、亡くなった時だけではなく、もう一つ銀行が預金口座を凍結する場面があります。それは、預金口座の名義人が認知症などになり、判断能力を失ってしまったような場合。もし、親が定期預金を組んでいた場合には、その預金口座は解約できなくなってしまうおそれがあります。
では、なぜ銀行がこのような対応を取るか?それは、預金者の「財産を保護するため」です。例えば、こういったケースを思い浮かべると分かりやすいでしょう。3 人兄弟の長男が、認知症を発症した親に代わって銀行に定期預金の解約を申し出たケース。すぐに介護費用が必要という長男の切実な訴えに、銀行は親身になって対応し、今回だけ特例ということで定期預金の解約に応じてしまった場合どうなるでしょう?
数年後にその親が亡くなり相続が発生した場合、3 人兄弟の次男と三男が定期預金の相続手続きを行おうとしたところ、すでに預金は長男によって解約されており残高は 0 円。怒った次男と三男は、預金口座の名義人である本人(親)の意思を確認をしないまま定期預金の解約に応じた銀行を訴える、というトラブルに発展してしまいました。
こういったトラブルに巻き込まれないため、銀行では預金口座の名義人が認知症と知った場合、リスクを回避するために預金口座を凍結します。認知症の進行が初期の段階で、ご本人に判断能力がある場合には、ご本人と一緒に銀行に出向き、預金の解約手続きが出来るケースもあります。ただし、認知症が進行しご本人に判断能力がない場合、ご家族でも解約手続きができず「成年後見制度」の利用を検討する必要が出てくることになります。
親御さんが高齢になった場合、実は預金の解約以外にも、もう一つ問題があります。それは、離れて暮らす親が介護施設に入居することになった場合、「誰も住まなくなった実家をどうするか?」という問題です。長年親しんできた実家ですから、急に売るというのも忍びない。もしかしたら、親の体調が良くなってまた実家に戻ってこれるかも?と思うとなおさら売却には慎重になります。
しかし、次第に空き家の管理が難しくなり、親が実家に戻れる可能性がほとんど無くなった上、介護費や医療費を捻出すためにお金の工面が必要になると、実家の売却を検討するケースも多くなります。しかし、そこで「大きな問題」に直面するのです。
先日、こんなお客様がいらっしゃいました。数年前、お母様が高齢を理由に介護施設に入居されましたが、認知症が進行したため、もう実家には戻れないだろうということで、ご長男が空き家になっている実家の売却を決めました。幸いにも希望の販売価額で買手がすぐに見つかったことから、売却手続きスムーズに進められると喜んでいた、とのこと。残すは、実家の所有者であるお母様と不動産の名義変更手続きを担当する司法書士との面談のみ。しかし、司法書士からお母様に対し「ご自宅を売却する手続きを進めてよろしいですよね?」と念のため確認したときのこと。お母様は「私、そんなこと言ったかしら。」
実家の売買も当然に契約行為ですので、所有者であるお母様ご本人に判断能力が無ければそもそも契約をすることが出来ません。つまり、実家を売りたくても売れない、という事態が生じてしまいます。もしどうしても売却手続きを前に進めたいのであれば、やはり「成年後見制度」を利用する必要があるでしょう。但し、成年後見制度の目的は「ご本人の財産保護」にあるため、実家を売却することに合理的な理由がなければ、手続を進めることが出来ないので注意が必要です。ただ単純に、空き家の管理が面倒になったから、今だと高く売れそうだから、という理由だけでは家庭裁判所が許可を出さない恐れがあります。
後々後悔しないためには、「親の預金は、解約したくても出来ない時がある」、「実家は、売りたくても売れない時がある」ということを頭の片隅に入れておき、早め早めの行動が大切になるでしょう。
石倉 英樹
石倉公認会計士事務所所長
相続対策専門の公認会計士/税理士として活動する傍ら、『笑って・学んで・健康に!』をモットーとして、硬いテーマとなる相続問題や認知症対策、振り込め詐欺対策などを笑いに変える社会人落語家。
東京・埼玉を中心に口コミで噂が広がり、終活落語の高座の数は年間80回を超える。
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